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85号(平成23年夏号)


大地震両川口津浪記 代表取締役社長 三原幸二

 みなさんは小社の近くを流れる木津川に架かっている「大正橋」の東詰北側に、石碑が建っているのをご存じでしょうか。この碑「大地震両川口津波記」には、江戸時代にこの地を襲った大地震や津波による被害状況と、後世への教訓がしるされています。現代語訳を要約しながらご紹介したいと思います。

 大地震が発生したのは、嘉永七年(一八五四年)六月十四日午後零時ごろのことです。人々は驚き、川のほとりにたたずみ、余震を恐れながら四、五日間の間、不安な夜を明かしました。
 それから五ヶ月余りたった十一月四日午前八時ごろ、またも大地震が発生。翌日夕刻にも大地震が起こり、家々は崩れ落ち、火災が発生しました。そして日暮れごろ、雷のような音とともに大津波が押し寄せてきたのです。大阪湾につながる安治川はもちろん、木津川の河口にも山のような大波が立ち、東堀まで約1.4メートルの深さの泥水流れ込んだといいます。安治川にかかる橋はすべて崩れ落ちてしまい、人びとは道まであふれた水にあわてふためいて逃げまどい、川に落ちた人もありました。道頓堀川に架かる大黒橋では、大きな船が横転し、河口から押し流されてきた船の上に乗り上げてしまった。木津川の南北をつらぬく川筋には壊れた船の山ができ、川岸の小屋は流れてきた船に壊され、多くの人が犠牲になったと碑文は伝えています。
 じつは、この百五十年前(宝永四年=一七〇七年)にもこの地域に大地震が発生し、小舟に乗って避難した多くの人が津波にのみ込まれて水死しました。ところが、長い年月が過ぎ、この災害を伝え聞く人がほとんどいなかったため、また同じように多くの人が犠牲になってしまったのです。
 今後もこのようなことは起こりうる。地震が発生したら津波が押し寄せてくることを心得ておき、船で避難してはいけない。津波は海底から吹き上がってくることもあるので、海辺の田畑にも泥水が吹き上がることもある。津波の勢いは、普通の高潮とは違うということを、今回被災した人々はよくわかっているが、十分心得ておきなさい。犠牲になった方々のご冥福を祈りここに記録しておくので、心ある人は時どき碑文に読みやすいよう墨を入れ、伝えていってほしい―――という内容です。
 この碑は当初、渡し場に建てられていましたが、大正九年(一九一五年)に大正橋が架けられたとき、今の場所に移されたそうです。
 その後も碑の設置場所は幾度か移りましたが、地元幸町の人々によって保存されてきました。平成一八年にはこの碑が「大阪市有形文化財」に指定されました。「建碑の精神」が百六十年間受け継がれていることは全国でもめずらしく、この碑は大阪の誇るべき文化遺産であるといえます。このたびの東日本大震災による悪夢のような津波の恐ろしさを忘れることのないよう、自分自身への戒めの意味も込めてご紹介しました。
 

・第42回 新春交換会

平成23年1月13日


平成23年度方針
 「あつくあれ 洋電社」

・洋栄奥様会

平成23年7月6日〜7日
 兵庫県 洲本温泉